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Tue Dec 2 04:00 PM
印鑑の好みは千差万別です
それを勧めたT先生をすくなからず恨む様子さえ見受けられた。
そこでT先生は、すこしだけ授業の下調べにかける時間を短縮するよう、自分の例をあげた。
その上あなたの真面目な気持ちはわかるけれど……と前置きして助言したのだが、逆にT先生への非難の言葉となって返ってきた。
「いい加減にやってるあなたはそれでいいかもしれませんが、僕はきちんとやりたいんです」すごい剣幕であった。
T先生はその程度のことでは腹を立てなかった。
理工系の頭をもっているT先生にはA君をよく知るにつけて、彼の授業の下調べにかける時間の三分の二は徒労であること、A君がおそろしく要領の悪い理には遠い感情家であることを見抜いていた。
一方、Z先生にたいしてA君が決定的な悪意を抱くに到ったいきさつは、文化祭での演劇部の活動にZ先生が介入してきたことにはじまる。
といって積極的にZ先生が申し出てきたことではなくて、演劇部の部長をしているY子がその年の催し物の大道具の舞台背景をZ先生に頼んで、Z先生がOKしたからである。
かつてA先生の奪い合いで国語クラブと演劇部が張り合ったように、当然、演劇部と美術クラブがZ先生をめぐって対立した。
例によって、夏休みに出てきてくれたZ先生が作業服姿で舞台背景を描いていると、美術クラブ員がたいして用もないのに迎えにくるというぐあいの小競り合いではあったが。
役目柄、顧問をしているA君もこの演劇部の活動日にはかならず出てきていた(国語クラブの方はA君が両方の顧問を兼ねているので、演劇部と同じ日に活動日がかさならないようになっていた。
一方のZ先生の方は演劇部にたいしてはたんなる”好意”で手伝っているだけなので、自然、演劇部が美術クラブの活動日に合わせることになった。
いつもZ先生の引っぱり合いになってしまう上に、そういう状態、A君にはZ先生の得意満面としかうつらない顔が何よりも辛く、その現場をA君は毎日目撃しなければならなくなった)。
一方のZ先生には、日頃、授業以外の事務的な仕事でA先生に迷惑ばかりかけているという自覚かあり(もっとも、A君は口に出してZ先生の事務能力や仕事ぶりをけなしたことは一度もない。
学年だよりなどの誤字の指摘もしない。
気に入らなかったり、うまくなかったり、ミスを発見したりすると、受けとっても礼もいわず、すっとその場から立ち去り、何もかも自分でやり直すだけのことだ)、何かの折に、A先生の役に立ちたかったものらしい。
それで面倒な仕事を喜んで一つ返事で引き受けたのだった。
何分夏休みのことだから、誘ってくれれば酒のひとつもくみかわして、交友をはかりたいとさえも思っていた(Z先生からA先生を誘うのは何かとてつもなく、僣越なように思われた、とZ先生はいったが、とことん嫌われているとまでは思ってはいなかったようだ)。
A君には、Z先生の想いはまったく通じていなかった。
登校拒否の理由となった体育教師との歯車の合わなさを、A君がいまだ相手の立場に立てない少年だったからとも考えられるが、A君は一度相手をシャットアウトしてしまうと、相手が自分をどう思っているかということについて、極力客観的になろうという姿勢をまったく捨て去り、被害者意識の強い相手への憎悪一辺倒の世界を構築するきらいがあった。
Z先生の実態はもうどうでもよく、ただ”憎悪”の幻想世界だけが茫漠とした荒野のようにA君の裡に巣喰いはじめたのだ。
だからA君は夏休み中、Z先生にたいして内面的には壮絶きわまりない憎しみを育てつづけていたにもかかわらず、嫌味めいたことを含めて何かしら口論の口火をつけるということもしなかった。
もしA君さえその気になれば実際Z先生にたいして、たとえばウチの部のことだから介入してほしくない、といったとしても一応筋がとおるし、Z先生に手伝ってもらおうといいだしたY子に自分の部のことは何でも自分たちでやるべきだ、と説教することもできたのである。
しかしA君は何もせず黙っていた。
驚くべきことだが、この間一度だけZ先生をスナックに誘っている。
カラオケを二人で唄った。
なかなか楽しい一時だったとZ先生はいう。
勘定もA君が払った、演劇部で世話になっているお礼だといって。
そうしてすこしは親しくなったはずなのに、つぎの時Z先生と顔が合ってもA君は挨拶も交わさなかった。
Z先生がごく普通に挨拶しているにもかかわらず、能面のように表情を変えずZ先生を無視した。
Z先生ははじめ当惑した、が。
それが長くつづくにつれて、ああこの人は特別な神経の持ち主で、すこし変わった性質の人なのだ、と思うことにして、あまり気にしなくなった。
そのZ先生のこだわらない態度をA君がZ先生のますますの自信ととって憎み、神経をいらつかせつづけたことはいうまでもない。
一方、A君の家庭内でも変事が起こっていた。
職場にZ先生が新任してきてほどなく、A君の兄が離婚して舞い戻ってきたのである。
兄についてまではくわしくわからないのでかんたんに書くが、T先生にA君が語ったところによると、相手の女性から愛想をつかされ、養育もまかせられないといわれ、しかし三歳の女児の養育費は将来的にも払いつづけるという条件で正式離婚したものらしい。
これだけではどういう状況であったか皆目見当がつかない。
ただはっきりしているのはA君の兄が養育費をずっと払いつづけるという状況や、その責任にしごく楽天的で期日がきても払わず、催促の電話が相手からかかってきても、母親が家計のなかから払う、というパターンが繰り返されているし、これからもつづいていきそうだ、という現実だった。
A君の兄は養育費こそ払わないが派手好きで、アルバイトの職種を猫の目のように一週間 ぐらいずつで変えながら、現金を手にすると衣食や自分の趣味中心に気前よくお金を使った。
母親の手料理に甘んじられないと、高価な牛肉をステーキ用にしてもらって買ってきたり、ケーキを食べたいと思うと10個ほどまとめて買ってきて(母親は食べられないし、父親は食べない。
A君だってせいぜい食べるのは2個である)、余りは捨てた。まったく経済観念がなかった。
オーディオやポータブルテレビやコンピューターゲームなども金が入ると買ってしまったり、値のはるものだと月賦の契約をいともかんたんにしてきてしまう。
必要もないのにワープロさえ買ったというから、離婚の原因は定職の定まらないことに加えてこうした一連の浪費癖と無縁でなかったかもしれない。
さて、この兄とA君との特別な関わり合いは、母親が兄の養育費を立て加えつづけることについて、A君に愚痴をいうようになって、それにつれてA君が非常なストレスを覚えるという一点に尽きた。
思いあまってA君は毎月きちんと家に入れている食費に加えて、兄の養育費の約三分の一の金額を母親に渡しはじめた。
もちろん離婚する前に送っていた生活費の足しよりも養育費として決められた額の方がはるかに大きかった(本人が養育費を払えない、または払わないで公に訴えられた場合、どういうケースにどういう処置がとられるのかいろいろあるとは思うのだが、成人男子の場合、その親や兄弟が本人に代って義務を遂行するきまりとはならないのではないか。
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